2009年06月08日

ハリウッド・ドリームの先にあったもの ― 田村英里子さんインタビュー

ハリウッド・ドリームの先にあったもの ― 田村英里子さんインタビュー
2009年6月8日(月)15時19分配信 ゆかしメディア

ハリウッド・ドリームの先にあったもの ― 田村英里子さんインタビュー
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7年越しの努力の末、ハリウッドで掴み取った成功

 2000年、単身渡米し、アメリカ・ロサンゼルスでの生活を始めた田村英里子さん。女優・歌手として日本では誰もが知る彼女が、11年間の芸能界でのキャリアをあっさり捨てて渡米したことに、日本中の誰もが驚きました。

 田村さんは渡米前からスティーブン・スピルバーグ監督の『メモワール・オブ・ゲイシャ』(邦題『SAYURI』)のオーディションを受けたり、アメリカへ1ヶ月間の語学留学もしていました(著書「ハリウッド・ドリーム」より)。しかし、渡米の決意から事務所を辞めるまでに要した月日は、約2年間。27歳の春、やっと日本での芸能活動に終止符を打ち、ロサンゼルスへ旅立ちました。

 2、3年すれば道は開けるだろうと考えていたそうですが、現実は非常に厳しいものでした。英語を学習するための語学学校、演技を学ぶためのアクティング・スタジオに通い、同時並行でエージェント探し。アメリカではエージェントに登録しないとオーディションを受けることもできないのですが、俳優が掃いて捨てるほどいるハリウッドでは、エージェントを持つことすら至難の業です。何とかエージェントを持つことができたら、今度はモデルやCMの仕事をしつつ、ドラマや映画のオーディションを受け続ける日々。渡米から約7年もの間、希望は数知れず打ち砕かれ、自信を喪失する日々が続いたそうです。しかし、彼女はあきらめませんでした。

 知名度ゼロの状態で活動を始めてから、7年後の2007年9月。最大のチャンスが訪れます。アメリカ全土で放映されていた大人気ドラマ『HEROES/ヒーローズ』シーズン2で、ヒロ・ナカムラの恋人役に抜擢されたのです(日本人がアメリカの3大ネットワークのテレビドラマシリーズに於いてヒロインを務めることは史上初のこと)。この役がきっかけで、田村さんは全米での絶大な知名度を獲得。その後、映画『ドラゴンボール エボリューション』や人気ドラマ『リーパー』のシーズン2など、話題作に次々と出演できるようになりました。現在、彼女は今後の活躍が最も期待される日本人女優として、アメリカで注目を集めています。

運命の扉が開いたドラマ『HEROES/ヒーローズ』

 ハリウッドで女優として成功するという、アメリカでもほんの一握りの人しか縁がない「ハリウッド・ドリーム」を体現した田村さん。彼女の活躍は、大きな衝撃をもって日本でも報道されました。
 『HEROES』に出演してから、田村さんの生活はどのように変化したのでしょうか? そしてそもそも、日本で充分なキャリアがあるにも関わらず、なぜハリウッドへ挑戦する道を選んだのでしょうか? 現在ロサンゼルスに住む田村さんに、今だから話せる本音を語っていただきました。

―現在、アメリカでの最新の出演作は何ですか?
田村:「今まさに放送中なのは『リーパー』のシーズン2です。クリスティンという役で、主人公の1人、ソックの恋人役として出演しています。そして、次は映画の出演が決まっています。」

―アメリカでのブレイクのきっかけはドラマ『HEROES』ですが、出演後、生活はどう変わりましたか? 
田村:「それはもう、がらっと変わりました! 『HEROES』のシーズン2に出演したのが約2年前ですが、アメリカはもちろん、他国に行っても街で声をかけられるようになりましたし、ファンレターがアメリカ中から届くようになりました。それまでとは天と地の差ですね。ハリウッドは成功するのが難しい分、競争を勝ち抜いてメインキャストに選ばれた人には、賛辞を惜しみません。これがアメリカン・ドリーム、ハリウッド・ドリームなんだと、肌で感じています。」

―『HEROES』ではマシ・オカさん演じるヒロ・ナカムラの恋人役ですが、マシ・オカさんとは日本文化の表現について話し合ったりされたのですか?(※シーズン1のラストで、時空を超える能力があるヒロ・ナカムラは、1671年の日本にタイムスリップ。そこでヒロが出会い、愛するようになる女性が、田村さん演じる刀鍛冶の娘・ヤエコです。)
田村:「『HEROES』はアメリカのドラマなので、日本の文化をアメリカ人に分かりやすいように表現されています。マーシー(マシ・オカ)は日本人ですが、子供の頃からアメリカで育っているので、もう精神面から本当のアメリカ人。だから、現場で日本人は私1人でした。ヒロの同僚のアンドウ・マサハシ役の俳優さんも、韓国系アメリカ人です。現場はとてもインターナショナルな雰囲気でした。日本の文化に限らず、キャストのみんなとは多くを話し合い、コミュニケーションをとりました。」

―アンドウ君の日本語の発音は、最初は違和感があるのですが、キャラクターに愛着がわくと「あれでなきゃアンドウ君らしくない」と思うようになりました(笑)。とても良い味が出ている俳優さんだと思います。
田村:「そうですか? よかった(笑)。アンドウ役のジェイムズも仲の良い友人で、一生懸命日本語の台詞を練習して、撮影に臨んでいました。『HEROES』の現場もとても良い雰囲気で、楽しかったです。」


ハリウッドで日本人が活躍できないのはなぜ

―アンドウ君のような日本人役を、本当の日本人が演じることは少ないようですが、それは日本人俳優がハリウッドに少ないからでしょうか?
田村:「アメリカでは韓国系アメリカ人も、中国人も、日本人も、アジア人としてひと括りに見られがちです。日本人の私たちもきっと欧米人、例えばイタリア人とフランス人の顔の違いを見分けるのは難しいですよね? それと似ているのでは、と思います。」

―日本人がハリウッドで成功できないのは、語学ができないことが大きいのでしょうか?
田村:「語学は大前提ですが、それだけが大きな理由ではありません。日本に限らず、アメリカ以外の国から来た俳優が成功する例が、とても少ないんです。日本のドラマが日本の市場に向けて作られるように、ハリウッドはアメリカに向けて作品を作っているのですから、当然ですがアメリカのドメスティックな文化を知っている人の方が強い。語学はできて当然で、コミュニケーションが普通にとれてアメリカの文化を理解できて、初めてアメリカ人俳優たちと同じ土俵に立てる。それから演技力の勝負になるので、ハリウッドで成功できる外国人はほんの一握りなんです。日本人が成功できない理由があるとしたら、それはアメリカの文化や習慣、スタンダードを知らないだけだと思います。そういった背景を理解することが一番大事なのだと思います。」

日本の芸能界をやめ、ハリウッドを目指した理由

―田村さんが日本の芸能界をやめて、ハリウッドを目指したのはなぜですか?
田村:「私には日本の芸能界で活動をはじめる前から、いつか世界で活躍したいという夢がありました。小学生の頃、私は父の仕事の関係で旧西ドイツのデュッセルドルフで過ごしていました。その地元の映画館で観た『E.T.』に感動して、それから映画の世界に憧れるようになったんです。また小学校の頃、学校からの帰り道にビルボードのポスターが貼ってあるのを見かけて。アジア人の女の子が何かの飲料を飲んでいるポスターだったんですが、それを見て、私もいつか世界で活躍できる人になりたい!と夢を持つようになりました。アメリカに来たのは、そんな小さい頃からの夢を叶えるためです。アメリカは国土が広くメディアの視聴者も莫大で、とてつもない影響力があります。またアメリカで作られたものは国内だけじゃなく、世界中に発信されますし。」

―グローバルな影響力を持てるようになりたくてアメリカに、ということでしょうか?
田村:「いえ、当時はそんなこと全く考えてなかったですね(笑)。私は単純に『好きなことで、世界で活躍できるようになりたい』という漠然とした夢を持ってアメリカに来たんです。でも、本当にここまでくるのに時間がかかりました。意外に、ハリウッドの壁は想像以上に厚かったと感じています。渡米してから7年後、やっとチャンスに、『HEROES』という作品に出会えました。その時に、初めて私の前でドアが開いたんです。」


日本とアメリカの芸能界の違いとは

―日本の芸能界にいた頃を振り返ってみて、今どう思いますか?
田村:「日本は、世界でも他にないくらい素晴らしい国だと思っていますし、日本が大好きです。今アメリカで1つの大きな夢を叶えて思うのは、私にとって、子供の頃からの夢が、これで2つ叶ったということです。‘日本の芸能界で活躍すること’も夢の1つでした。日本を離れてみて、初めて見えてきたこともあります。今思えばですけれど、私にとっては本当に大きな達成です。」

―日本とアメリカの芸能界の違いはどんなところでしょうか?
田村:「日本のように事務所に所属するという考え方がなく、俳優はエージェントと契約します。主導権は俳優にあるので、自分のストレスがたまらない仕事を選んだり、気が進まない仕事は断ることができます。事務所に所属していればやりたくない仕事も断れないことがありますが、アメリカでは『気が進まない』という理由だけで充分なんですね。スタッフたちもそれがスタンダードだと思っているので、俳優が仕事上の条件で我慢しなくても、誰も文句を言いません。それは日本との大きな違いだと思います。また、自分でやりたい仕事を選べるので、日本ではやることが難しい仕事にもチャレンジできます。そういう仕事のやり方は、今の私にはストレスがたまらなくて、合っている気がしますね。」

―世間は不況の真っ只中ですが、ハリウッドにいても不況を感じますか?
田村:「うーん、私はあまり感じないですね。作品の作られる本数はもしかしたら減っているのかもしれないですが、私自身はハリウッドにいて不況のネガティブな雰囲気を感じることはないです。アメリカは日本の芸能界と違って、一度有名になったからといって仕事のオファーがどんどん来るというわけではありません。自分から積極的に動いて、監督やプロデューサーたちとよく話し合って、一緒に仕事をしたい人達や、出演したい作品、また自分の方向性を見つけていく必要があります。アメリカは競争社会なので、そういう意味では日本の芸能界よりも厳しいところだと思います。」

夢を1つ叶えたとしても、次々に夢は生まれる

―2つの夢を叶えた田村さんですが、今後の夢どんなことですか?
田村:「今まで仕事ばかりだったので、プライベートでの夢として、家族を作ることでしょうか。家族を作って、さらに人生を充実させていきたいです。今はゆっくりと自分のペースで仕事ができていて、精神的にも安定しているし、とても快適です。今あるものに感謝しながらこれからも歩いていきたいです。人は夢が叶ったら、また次の夢や目標に向かって進んでいくと思います。そうして成長していくものですから……。」

―最後に、海外で成功するために必要なことは何だと思いますか?
田村:「自分を信じる気持ち、です。気持ちを持ち続けることが一番大事だと思います。時間はかかるかもしれないけれど、自分を疑わないこと。そうなっている自分を常に思い描くこと。いろんな人がマイナスなことを言ってきても、気にしないで、前だけ向いて生きていけばいい。好きなことをしているのだから、私は落ち込むことはあっても、特別苦労しているとか、大変だとは思いませんでした。それに、いつも周囲の人たちが支えてくれて、励ましてくれたことも大きいですね。海外で挑戦して、もし失敗したとしても、死ぬことはないのですから。そのくらいの気持ちで挑戦していけば、未来はきっと開いていくと思います。」

 7年間という月日を、「自分を信じ抜く」ことで乗り越えてきた田村さん。ハリウッド女優というと手の届かない存在のようですが、そんなことを微塵も感じさせない、フランクで自然体な雰囲気が印象に残りました。
 自分を信じること、強く願い続けること、考え過ぎないで行動すること、そしてあきらめないこと。単純だからこそ実行が難しい、しかし成功者には必要不可欠な要素を、彼女もまた内包していました。そして、「何かを始めるのに、遅すぎることはない」のだという事実。彼女の劇的な人生は、もっと夢に素直に生きてもいいのだと、私たちに教えてくれているのかもしれません。

田村英里子(たむら・えりこ)
8年前から活動の拠点をアメリカ・ロサンゼルスに移す。全米テレビシリーズ『ヒーローズ』に、日本人女優として初のヒロインに抜擢され話題となる。2009年には全世界で公開した20世紀フォックス映画『ドラゴンボール・エボリューション』にも立て続けに出演。現在はアメリカ全土でオンエア中の米人気ドラマ『リーパー』に主人公のヒロインとして出演中。初の著書『ハリウッド・ドリーム』(文藝春秋)も好評発売中。
『ハリウッド・ドリーム』
著:田村英里子
発行:文藝春秋
突然の単身渡米から9年―。日本の芸能界で活動していた著者が、いまや、ハリウッドで最も注目される日本人女優に! だが、その陰には、誰も知らない孤独な闘いがあった。アメリカで活躍するまでの日々を赤裸々に綴る。

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タグ:田村英里子
posted by えりこ at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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